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プロフィール

バリ子

Author:バリ子

トラベル・ライター&撮影コーディネーター。バリ島を中心に、シンガポールやマレーシア、台湾などで活動しています。

修行中のカメラ片手に、伝統行事や昔ながらの美しい自然の残る村々を訪れたり、現地の人々と触れ合ったりと、あちこち飛び回っています。

ハーブや薬草にも興味あり。特にインドネシアの民間療法を少しずつお勉強している今日この頃です。

トゥガナンじゃらんじゃらん


お葬式を見学させてもらった後は、トゥガナンに。歴史や文化に興味のあるHさんを是非ご案内したいと思って聞いてみたところ、「行きたいですね~!」と。よかった!

実はこの日から2日間、先日ムカレカレが行われたトゥガナン・ダウー・トゥカッドで、今度はドォホ(トゥルノの女性版)のお祭りがあると聞いていたのでそちらにご案内したのですが、着いてみたら丁度儀式と儀式の間の時間。夕方にならないと始まらないということなのでキッパリと諦めて、すぐにトゥガナン・プグリンシンガンへ。

村の中をゆっくりと周り、バパッの家でお茶をごちそうになりながらスロンディングを演奏してもらったり。お酒好きなHさんのためにトゥアックも用意してもらいました。

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休憩の後は村のお寺を見に行きました。奥の門から先に進むと緑いっぱいの石畳の道が続きます。

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これはハチミツ。たくさんの木に取り付けられています。

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大きな菩提樹が現れました。神々しい空気が漂っています。

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一般的なバリ・ヒンドゥー教様式のお寺の他に、こんな味のあるお寺も。

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アミニズムのお寺。木の下に積んで置かれた石がご神体だそうです。

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そのままのんびりとじゃらんじゃらんを続けます。この大きな葉は「タアップ」。

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これがタアップの実。

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中から出てきた粒を炒って取り出した中身をすり潰し、コーヒーと混ぜて飲みます。コーヒーの苦みを和らげるためなのですが、タアップ以外ではお米やトウモロコシも使われます。

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石垣がとってもステキ。時間が経てば経つほど味が出ます。

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こちらは村の沐浴場。HさんとKさんはここで汗を流すことに。これもいい経験!

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待ってる間はちびっ子たちとおままごと。

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村の中まで戻って来て、さらに脇道をじゃらんじゃらん。水牛さん、喉が渇いたようで蛇口に近づくと、飼い主が蛇口をひねって水を出してくれました。優しい飼い主さんでよかったね~!

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ドイツパンみたいにポコポコした焼き物を外壁にしてあるのが何とも温かみがあってかわいい。

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お葬式~ガベン~


「バリのお葬式ってどんなの?」と聞かれたので、あーでこーでと説明していたら、道中でお葬式をやっているのに出くわしました。早速お願いして見学させてもらいました。

葬式の話に触れる前に、まずはバリ・ヒンドゥー教の5つの儀礼に関して触れておきたいと思います。といってもヒンドゥー教を信仰しているワケではないので詳しいことは全く分からないのですが、以前見つけたサイトにとても詳しく説明されていたので、自分の記録用に訳してみました。(相当な意訳です)

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デワ・ヤドニャ(Upacara Dewa Yadnya)

サン・ヒャン・ウィディをはじめとするバリ・ヒンドゥー教の神々に対して崇拝と献呈を捧げるための様々な儀礼。これらの儀式には、ヒャン・ウィディ神の慈愛によりバリの人々が平安に生活を送ることができることへの感謝の気持ちを表すもの。

一般的にはサンガー、ムラジャン、プラ・カヤンガンなどをはじめとする神聖な場所で執り行われますが、これらの儀式はプジャ・トゥリ・サンデャ(Puja Tri Sandya)やヤドニャ・チュサ(Yadnya Cesa)のように毎日行われるものと、ガルンガン、クニンガン、サラスワティ、シワラトゥリ、満月、新月、オダランなどのように定期的に行われるものがあります。

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ピトラ・ヤドニャ(Upacara Pitra Yadnya)

ご先祖様に対する崇拝と礼節、変わらぬ誠実な心を示す儀礼。ご先祖様からの精神的な助けなどに対する感謝や義理の思いを示す儀礼としてバリ・ヒンドゥー教ではとても重要な儀礼とされています。

生命を与えてくれ、そして食べ物を与え育ててくれた親へのご恩返しとして、その子となる者は自分の生涯の内にこのピトラ・ヤドニャを執り行うのが義務とされます。

ピトラ・ヤドニャはすでに他界した家族やご先祖様の霊が、死後決まった場所に落ち着くようにと見送る儀式なのですが、生前に、より高い位置に落ち着くようにする儀式もあるそうで、それらもこれに含まれます。

ウパチャラ・ピトラ・ヤドニャは大きく3つに分けられます。

■ Upacara Penguburan Mayat
この儀式には、Upacara Memandikan Mayat, Memendemから始まり、遺体が埋められる所までが含まれます。

■ Upacara Ngaben
この儀式は、他界された人間の肉体を終わらせる意味があります。肉体を構成する要素を元に戻す、または返すための儀式です。「Ngaben」以外にも「Pelebon」、「Atiwa-tiwa」という呼び方もあります。この儀式は1人に対して1度だけ行われます。

Ngabenの種類は下記になります。

Sewa Wedana
故人が他界してすぐに火葬を行う儀式。

Asti Wedana
火葬の後に遺骨の灰を海や川に運び撒く儀式。

Swasta Wedana
遺体がない場合に執り行われる火葬の一種。

Ngelungah
歯が生え換わる前の子供の火葬。

Atma Wedana
ピタラの世界からヒャン・ウィディ神の世界へアトマを移す儀式、「Upacara Nyekah」とも呼ばれる。個人の神聖で完全なる魂が元の世界へ戻れるようにという意味がある。

■ Upacara Nyekah
「Atma Wedana」と同じく、個人の神聖で完全なる魂を元の世界へ戻す儀式。

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ルシ・ヤドニャ(Upacara Rsi Yadnya)

プンデタなど儀式を執り行う宗教上の指導者に対するお布施の儀式。このお布施はプンデタが儀式を終わらせた後などに執り行われ、ウパチャラ・ヤドニャが無事に済んだことに対する感謝の念を表しています。

今も昔も変わらず聖人またはルシ、プンデタ、スリンギーと呼ばれる人々はバリ・ヒンドゥー教の儀式上において重要な役割を果たし、現在でも儀式の最高指導者として儀式を執り行ってくれます。その人々に尊敬の念を表すための儀式でもあります。

ルシの役割は下記になります。

・ウパチャラ・ヤドニャの執り行い
・指導者、教育者としてウェダの教えを人々に広めること。
・宗教上の問題を解決する義務、またヤドニャを執り行う日を決めることなど。

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マヌサ・ヤドニャ(Upacara Manusa Yadnya)

この世に生を受けてから亡くなるまでの間を無事に過ごすための神聖なる供物として、また精神の浄化のための儀式。この精神の浄化は人間がより神聖な状態に近づくために、一生を全うする際にとても重要な儀式と考えられていて、この儀式により正しい思考、発言、行動が生まれ、より完全な人生に昇格すると考えられています。

マヌサ・ヤドニャの儀式の中でも浄化の要素があるものとしては「Tirtha Panglukatan」や「Tirtha Pembersihan」などが挙げられます。聖水(Tirtha)は「Twah (Waisat)」があると言われ、浄化や神聖性を持ちます。マヌサ・ヤドニャは基本の4段階の儀式があり、それぞれは分けることができませんそれらの儀式は「Upacara Mabhyakala (Mabhyakaonan)」、「Upacara Melukat (Mejaya-jaya)」、「Upacara Natab (Ngayab)」、「Upacara Muspa」と呼ばれ、それぞれに異なった意味合いがあります。

マヌサ・ヤドニャの儀式の中で重要とされる儀式のいくつかは下記になります。

Upacara Pagedong-gedongan (Garbha Wedana atau Upacara Bayi dalam Kandungan)
ヒャン・ウィディ神に母親の胎内にいる赤ちゃんの精神的な浄化をお願いする儀式。また、安産及び両親の希望を満たす人々の役に立つ人間に成長するようにと祈ります。そしてその思いが成就するようにと、母親は妊娠中には行動や言葉などのタブーも発生します。そしてそれはまた子供の人格形成にも影響を与えます。

Upacara Bayi Lahir
子供がこの世に誕生した感謝と喜び、そしてこどもの健康を祈る儀式。子供の出産後に重要とされる儀式は「Upacara Perawatan Ari-ari」もその一つで、胎盤を水で洗い清め、Ongkara(上部)、Ahkara(下部)から成るココナッツの殻に入れ、布で包んだ後に家の玄関戸の前に埋めます。(男児の場合は右側、女児の場合は左側に)
埋めたココナッツの上には棘のついたパンダンの葉を載せ、悪い力を寄せつけないようにします。

Upacara Kepus Puser
「Upacara Mapanelahan」とも呼ばれる儀式で、切れ落ちたヘソの尾を布で包み、ハーブやスパイスなどを塗り付けたティパット・ククルの中に入れ込み、それを新生児のベッドの上に吊り下げます。この時から新生児はクマラ神によって守られるのです。

Upacara Bayi berumur 42 hari
「Upacara Tutug Kambuhan」とも呼ばれる儀式で、生後42日目に執り行われる「Macolongan」の儀式。汚れやシミを清めるのが目的で、母親と子供が聖水で清められます。この儀式の後より寺院やムラジャンなどの神聖な場所に母親が入れるようになります。

Upacara Nyambutin
赤ちゃんの生後105日目に執り行われる儀式。この頃より赤ちゃんは座り始めると言われ、この儀式と共に「Tuwun di pane」の儀式も行い、ヒャン・ウィディ神に赤ちゃんの魂がきちんと肉体に戻るようにするために祈ります。

Upacara Satu Oton
赤ちゃんが生まれて210日後に行われるオトナンで、前世で犯した間違いや悪行を償い、今生より良い人間として成長できるようにと祈る儀式であり、赤ちゃんが「Ubun-ubun」を清めるために、初めて髪の毛を切る儀式にもなります。
またこの儀式は女神プルティウィにも、赤ちゃんがこれから先の人生に困難に遭うことなく、健やかに成長することを祈ります。この儀式の際に赤ちゃんは初めて自分の足で地面を踏むことになります。初めて足を下ろす時には「Bedawang Nala」の絵を地球のシンボルとして与えられ、スダマラと呼ばれるカゴに入れられます。

Upacara Meningkat Dewasa (Munggah Daa)
この儀式はヒャン・ウィディ神に人生の変わり目で精神的なガイドとして導いてもらえるようにお願いする儀式です。特に女の子に重要とされる儀式とされ、そのベースには女性は弱い生き物で、男性よりも多くの困難が起こりやすいと考えられるからです。また、女性は家族やその他の様々な要因のバロメーターとして認識されているからです。

Upacara Potong Gigi
この儀式は少年、少女が大人になる段階に行われるもので、上の歯4本と2本の犬歯の6本の歯を削ります。この6本の歯を削ることは、第6番目の性質「Sad Ripu」-誘惑や悲しみや苦痛に陥る-を減らすことのシンボルで、「Sad Ripu」には淫乱、怒り、強欲、泥酔、困惑、嫉妬なども含まれます。このポトン・ギギの儀式を行うことで、美しさや平安が取り戻せるとい言われています。それ以外にも、ポトン・ギギを行うことにより、死後にご先祖様の元に行き、ヒャン・ウィディ神と一つになれるという意味もあります。生前はどのような状況でも物事が順調に進み、病気もせず、悪い事を寄せつけないようにする儀式でもあります。

Upacara Perkawinan
ヒャン・ウィディ・ワサの前で夫婦となることを約束する儀式。また一方で、夫婦を清め、これから先平安に過ごせるように祈ります。一般的には「Upacara Perkawinan」は「Upacara Makala-kalaan」と「Upacara Natab」の二つに分けられます。

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ブタ・ヤドニャ(Upacara Bhuta Yadnya)

人間の生活や平穏を邪魔する悪霊(ブタ・カラ)への儀式。ヒンドゥー教ではネガティブなパワーとして認識されていますが、それらによっても助け、守られていると考えます。この儀式ではヒャン・ウィディ神(Tuhan Yang Maha Esa)に対し、ブタ・カロのネガティブなパワーを清め、人間の生活に役に立つように機能するように祈る儀式です。

「Bhuta Yadnya」は一般的に3つに分けられます。

■ Upacara Bhuta Yadnya dalam tingkatan kecil seperti segehan dan yang setingkat.
「Segehan」と同じ、または同等の小さなウパチャラ・ブタ・ヤドニャ

この小さな儀式は「Segehan」と呼ばれ、お供え物にはバワン・メラ、ジンジャー、塩などのごく一般的な物が使われます。「Segehan」の種類は、ごはんの色や利用方法によって様々。「Segehan Kepel」「Segehan Cacahan」「Segehan Agung」「Gelar Sanga」「Banten Byakala」「Banten Prayascita」などがあります。

■ Upacara Bhuta Yadnya dalam tingkatan sedang(madya) yang disebut "caru".
「Caru」と呼ばれる中規模のウパチャラ・ブタ・ヤドニャ

「Caru」と呼ばれる中規模なウパチャラ・ブタ・ヤドニャは「Segehan」で用意される供物以外に、それぞれの儀式に合わせた種類の動物の肉も使われます。「Caru ayam berumbun」は1羽のニワトリを、「Caru panca sata」は5羽のニワトリを、「Caru panca kelud」は5羽のニワトリと1羽のアヒルを使います。

■ Upacara Bhuta Yadnya dalam tingkatan yang besar(utama).
大規模なウパチャラ・ブタ・ヤドニャ

大きなウパチャラ・ブタ・ヤドニャは1年に1度の「Tawur misalnya Tawur Kesanga」や「Nyepi」、そして10年に1度の「Panca Wali Krama」、そして100年に1度の「Eka Dasa Rudra」などがあります。

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【Hindu Batam】
http://www.hindubatam.com/
バタム島のヒンドゥー教サイト。バリと違いがあるのかどうか、聞いてみたいと思います。

前置きが長くなりましたが、ここからがお葬式の様子です。
 ↓
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輪廻転生を信じるバリ・ヒンドゥー教では、人々は死後にまたこの世へ戻ってくると言われています。その来世への旅立ちを盛大に執り行うのが「ガベン」なのです。

大きな儀式であるために、ガベンにかかる費用もとても大きなものになります。費用がすぐに用立てられない場合には、遺体は一旦土の中に埋められ、準備が整った時点で土から掘り起こし、儀式を執り行います。また、村単位で行われる「ガベン・マサル(共同葬儀)」で、一度に葬儀を行うこともあります。

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村の人々が集まっているのが見えたので、見学させていただきました。

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まずは土の中に埋められた遺体を掘り起こします。

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このお葬式のためにいろいろなお供え物が用意されていました。

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小さなバビ・グリンも。

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こちらはサテやウルタンなど。

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遺体が土の中から5年ぶりに外に出されました。

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火葬の前に、まずはキレイに清めてあげます。

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ひとつひとつ丁寧に手で土を洗い流しています。

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「Penyilur Bambang」遺体の代わりに穴の中にはお供え物が。

この後同じ場所に組まれた火葬場に遺体が移され荼毘に付されます。

早朝のルンプヤン寺院


「朝もやのルンプヤン寺院を見てみたい」と旧知のUさん、Hさんから連絡をいただき、ドキッ!なぜなら、山登りやトレッキングは非常に苦手でして・・・。常々行ってみたいとは思っていたけど、階段3000段と聞いた時点で「残念ながらご縁がないわ・・・」と思っていたその場所名指し指定。そうなると逆に「この機会に行かないともう2度と行かないかも!」と急にやる気になるワケです。

とりあえず、今まで近づいたこともなかったので、事前に下見にティンブラーのムラスティ経由で出かけたところ、ま~なんと素晴らしい晴天!裏道を通り、窓の外を見ればクッキリと浮かび上がるアグン山に遥か彼方に静かに広がる青い海。あぁ~癒される!「裏側から山頂を目指すと表のように、階段ではなく山道を上がるから楽だし、時間も表からだと3時間かかるけど、裏からなら1時間で行けるから!」という現地の皆様のお話を信じ、当日はティンブラーで衝撃の740頭のバビ・グリンとご対面の後、すぐにホテルへ向かい、またまたカランガッセムへ向かって出発したのです。

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【下見】ドゥメナン経由でルンプヤン山にアクセス。

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道路右側にはこ~んな景色が!アメッド方面の海を見下ろせます。

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そして左手には、真正面にアグン山がぁぁぁーーーー!(興奮)

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裏側の最初の寺院プナタラン・ルンプヤンに到着~!最高としか言いようのない絶景です!

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【当日】ホテルに迎えに行ったら雨が・・・。それでも行ってみないことにはわかりません。

暗い夜道を何度か間違えながらも早朝3時半に到着。そこから休む間もなく現地の皆さんと一緒に登り始めました。事前に「絶対迷惑かけますから!!」と散々アピールしたのですが、いやーーー、イブイブの健脚ぶりたるや、恐ろしい!スイスイ坂道を上がっていき、そしてそれに遅れをとらずちゃんとついて行かれるご一行様。信じられない!!外灯ひとつない真っ暗闇の中ではぐれるワケにはいかないと頑張る努力も5分と続かず早々に脱落(汗)心配で一緒に待ってくれるボクちゃんにもやるべきことがあるので、意を決して先に行ってもらいました。

かくして暗い山の中で一人ぼっちになったのです。

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フラッシュなしで撮った写真。まさにこんな感じの中で独りぼっち。

とにかく霧が強くて懐中電灯の光も1mくらい先までしか照らすことができないし、何と言っても初めて来た場所で、しかもこんな場所で、こんな時間に独りぼっちだと考えると、怖くて怖くて息が落ち着いてもなかなか足を進めることができません。道だってわからないから、もしこの先間違った道を選んで一生山頂に辿りつかなかったらどうしよう・・・とか、ケモノがでてきたらどうしよう・・・とか考え始めたら震え上がる思いでした(涙)

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あまりの視界の悪さに道も見えないので困っていた時に「そうだ!フラッシュたいて写真撮りながら登ればいいんだ~」とひらめいて、早速一枚パチリ。ん?真っ白だ。壊れてる?とりあえずもう一枚パチリ。あ、これも真っ白。どうしたんだろう・・・と思っていたら、なんとこれ霧!

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足元を写したら、やっと地面が写り込みました。そんなワケで、名案だと思った「写真撮り撮り登山計画」もあえなく断念(汗)

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前半かなり休みながら登っていたら、少しずつ明るくなってきました。(と言っても全然暗いのですが)

とにかく登ることだけを考えて一人孤独に進んでいたら、半分を過ぎた辺りで不思議と恐怖感も消え、足もそれまでに比べると軽くなったような気が。誰かが見守ってくれているというか、応援してくれているような気さえしてくるくらいで、穏やかな気持ちで快調に進めるようになりました。

黙々と足を進めていると、少し上から懐中電灯の明かりが!その少し先は山頂だったようです。つ、つ、ついにやった。絶対無理だと思っていたけど、登れたんだ~~~!!と一人感動に酔いしれていたら、ご一行はそこから先に向かって出発したそうで、表側から下りてくるそうなので、そっちに車で迎えに行くことに。感動をかみしめる間もなく、そのまま今度は下山。下りのほうがやっぱり危険で、さんざん滑って転んでドロドロになりながらプナタラン・ルンプヤンへ。

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プラユへ向かう道中で見たアグン山。夕方にはこっちの山に移動です。

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表側の駐車場にやっとこさ到着です。唯一撮った写真はこれだけ。

結局山頂では霧が濃すぎて何も見えず、表側に下って来て、日が登ってからキレイな景色を写真に収められたそうで、結果オーライ(?)。これこそもう2度と経験することはないだろう、強烈な思い出になる1日でした。でも、あまりにもバタバタしていたため、表玄関を満喫することができなかったのがとっても心残りでならないのです。それにこの素晴らしい絶景!相変わらず山登りは嫌いだけど、近い内に必ずやもう1度ここに戻ってこようと心に決めました。そしてもしかしたら表から山頂に登ってみてもいいかも・・・。